装着型サイボーグ「HAL」を使って技術と人の関係を学ぶ中学校の授業実践
―教?川路智治助教&学生たちのチャレンジ
装着型サイボーグ「HAL(ハル)」。装着者の意思に従った動作をサポートする技術です。そのHALに実際に触れて、新たな技術や人間と機械の関係についての学びを深める実験的な授業実践が、この夏いくつかの中学校で行われました。企画したのは教育学部の川路智治助教らのチームです。
装着型サイボーグ「HAL」とは
「HAL」は、筑波大学の山海嘉之教授が開発し、同大発ベンチャーのCYBERDYNE株式会社(サイバーダイン)が製造?展開している装着型のサイボーグです。
人間が身体を動かそうとする際に脳から神経を通じて筋肉に伝わる生体電位信号を皮膚表面に貼ったセンサーが読み取り、装着者の意思に沿った動作を補助することができます。また、この際に筋肉から脳に対して、実現された動作に関する感覚情報がフィードバックされます。この一連の信号のループを何度も無理なく繰り返すことで、脳神経と筋系の機能を回復させ、自律的な動作へとつなげることが期待されており、医療現場では8種類の神経筋難病のための治療のために活用されています。また、高齢者やアスリートの運動を目的に施設や自宅でも活用されているほか、重いものを持ち上げる方が安全に作業できるようサポートするためにも使われています。
川路助教が、学校教育の教材としてのHALの可能性に注目したのは、昨年(2021年)、中学校の教員を経て茨城大学に着任してからのこと。最新の中学校技術?家庭科(技術分野)の学習指導要領では、双方向性のあるコンテンツのプログラミングや、情報セキュリティに関する内容の教育が取り入れられており、また川路助教自身も、新しい技術に対する子どもたちの発想を促したいという思いを強めていました。そこでサイバーダイン側とカリキュラムに関する協議を重ね、HALを利用した教育活動に関する公認を同社から初めて得ることができました。
学校現場での実践に向けて
HALは精密機械です。身体に装着する以上、事故にも気を付けないといけません。それを中学校の現場で取り入れるにあたっては丹念な準備が不可欠です。
川路助教の研究室では、学生たちが自らHALに関する知識を学ぶとともに、実際に仲間と装着しあったりして、どうしたら安全な授業実践ができるかについて検討を重ねてきました。中学生たちの装着をサポートする際、彼ら?彼女たちの身体に直接触れないよう注意することも大切です。また、麻痺などをもたず身体が正常に動作できる人が装着する場合、使い方によってはその効果を実感しづらいところがあります。そうした点でも授業構成の工夫が必要でした。「最初は不安だらけでした」という学生たちですが、議論と試行を重ねる中で徐々に自信をつけてきたようです。
こうしてこの夏、チームとつながりのあるいくつかの中学校?中等教育学校で、希望する生徒を対象とした実験的な実践を行いました。具体的には、茨城大学教育学部附属中学校と、岩手県の大学の附属中学校、つくば市の茨城県立並木中等教育学校です。そして8月24日?25日には、市町村立の中学校としては初めて、桜川市立岩瀬西中学校の3年生を対象に装着体験を伴う授業が行われました。
岩瀬西中でこの実験的な授業に協力してくれたのは、3年生3クラスのうち、25人のみなさんです。4人1グループに分かれて、1グループあたり1時間半のセッションを繰り返していきました。
「HALのような、人とロボット、情報の技術が融合した技術を、『サイバニクス技術』といいます」
セッションは川路助教によるレクチャーから始まります。生徒たちは「サイバニクス」「生体電位信号」といった新たな言葉を学びながら、HALが病気の治療を始め、さまざまな用途に使われており、着るだけで人をサイボーグ化させる技術だということを学びます。
「では、身体が思うように動かないという状態を、疑似的に体験してみましょう」というと、川路助教は、生徒たちにたくさんの軍手と折り紙を配りました。軍手を両手に2枚ずつ重ねて、折り鶴を折ってみようというわけです。「三角に折るときに端と端をしっかり合わせてね」と言われても、なかなかうまくいきません。生徒のみなさんは「思うようにいかない」「イライラする」「ショック」などと感想を口にしていました。
いよいよ装着
HALの仕組みや身体の麻痺の感覚を理解した上で、いよいよ装着の体験です。今回体験するのは、腰に装着するタイプと肘などに装着するタイプの2種類。
装着前にまずは簡単な運動チェック。足を伸ばして座った状態で上半身をどのぐらい曲げられるかを確認する長座体前屈の数値と、手を振って反動をつけた場合と腰に手を付けた場合という2パターンでの垂直跳びの高さを測定しました。この数値が、装着体験後に変わるかどうかを見てみようというわけです。
学生スタッフの手ほどきのもと、まずは腰用のHALを装着します。既にいくつかの学校での実践をこなしているため、学生たちのサポートもだいぶスムーズです。その後は技術職員の小祝達朗さんの指導のもと、椅子から勢いをつけて前方へ向かって立つなど、HALを作動させるための意識的な動きを繰り返していきます。
20分ほど装着したあと、再び運動チェック。すると、取材したグループの4人の平均値では、長座体前屈が6cm、反動ありのジャンプが2.5cm、反動なしのジャンプが3.7cmそれぞれ伸びたことが確認できました。「即時効果」というこの結果に、生徒たちも驚いた様子で、「(長座体前屈では)体が引っ張られてぐーんといく感じ」だったと話していました。
続いてもうひとつのタイプを腕に装着します。こちらもまずは装着した状態で曲げ伸ばしを繰り返します。続いてセンサーは腕につけたまま、機械だけを取り外して腕を動かします。すると、腕の動きに連動して、横に置いたHALも同じように曲がったり伸びたり。さらに、微弱な信号でも反応するかを試すため、腕を完全には折り曲げずにHALを動かそうとすると、何度かやっているうちに、HALがその信号を捉え、動作することが確認できました。これには生徒たちもびっくりしていました。
体験を終えて、生徒のひとりは、「ちょっとした動きを捉えて支えてくれるので、このロボット(HAL)を使うことで、麻痺で身体が動かない人は気持ちの面でも改善されると思います」と語ってくれました。また、「私は握力が弱いのが悩みなのですが、今後、(こうした技術が)病気の人以外にももっと役立つものになってほしいです」とも話していました。今回のデモンストレーションも、治療の用途ではなくアスリートのトレーニングのための使い方を体験したものでしたが、こうした活用の場の広がりを生徒のみなさんも感じることができたようです。
1クラス単位の集団の授業でも
さて、今回は少人数のグループでの装着体験が主でしたが、この活動を進めていく中で、実際の中学校の集団授業でもHALを使った実践をやってみよう、ということになったそうです。その協力をしてくださったのが、茨城大学懂球帝,懂球帝直播からも近い水戸市立飯富中学校です。
7月12日に飯富中学校で行われた実践では、2年生の生徒たち2クラスが、それぞれ2時間の授業に参加しました。岩瀬西中学校と同様、まずはHALの仕組みや活用の方法について川路助教が説明しますが、集団の授業ではグループディスカッションも取り入れました。「あなたが知っている最先端の技術は?」「バイタルデータってどんなものがあるかな?」といった問いかけに対し、生徒同士で話し合いながら関心を高めていきます。
あわせてこの授業では、個人のデータの収集と活用に対する考え方や実際の運用における留意点についても考えました。
「私たちの個人のデータが自動的に回収され、生活や健康を向上させるために使われることについて、あなたは賛成?反対?」と質問すると、賛成の方がやや多め(反対の人も何人かいました)。一方、自分でデータを提供したいか?したくないか、という質問では、「賛成」が減って「反対」が多くなりました。「反対」の理由を聞くと、「自分のデータが世の中に出るのが嫌」「自分の生活を見られているのと一緒だから」とのこと。生徒たちが新たな技術への可能性を感じつつ、それに対する自分自身はどう向き合うのか、ということに思いを巡らせている様子が伝わってきました。
集団の授業では生徒たち全員がHALの装着実験を行うのは難しいため、飯富中学校のクラスでは技術担当の先生が代表して装着。岩瀬西中と同様、腕にセンサーだけを付けてHALを取り外した状態で、腕の微妙な動きだけでHALが反応した様子を見ると、ここでも生徒たちの喚声が上がっていました。
こうして新しい技術についての理解を深めた上で、最後は「人のバイタルデータを活用した、未来の製品を考えてみましょう」と呼びかけ、個人とグループの両方でアイデアを巡らせました。
新たな時代の技術へ発想を広げる
一連の実践を経て、川路助教も確かな手応えを感じたようです。チームでは早くも学会等で成果を発表しています。川路助教は、「仮想空間と現実空間の融合によって経済?社会課題の解決を図る『Society5.0』が展望される中で、HALは、そうした時代の技術が人びとや社会にどう役立つかを学ぶ教材として、とても優れたものだと感じています。今回、実際にHALに触れた生徒のみなさんが、Society5.0時代の技術への発想を広げてくれたらと思っています」と話します。
また、スタッフとして学校現場での実践を体験した川路研究室の学生たちも、「HALは人と技術のつながりを体験し、直接感じられる教材。自分自身の技術への理解が深まりました」と語っていました。
HALを活用した教育実践のプロジェクトは今後も継続していくということです。
(取材?構成:茨城大学広報室)