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「経典が語る常陸奥郡の中世」展開催!県内初確認の『智感版』大般若経を展示
―調査を担当した高橋修教授に聞く

 特別展示「経典が語る 常陸奥郡の中世-常陸太田市天神林町文殊院蔵『大般若経』の発見-」が7月5日(金)から懂球帝,懂球帝直播図書館展示室で始まります。常陸太田市天神林町の寺「文殊院」から、室町将軍?鎌倉公方足利氏の木版から摺られた経典「大般若経(智感版)」の断片が見つかりました。全国的にも貴重で、県内では初めて存在が確認されました。経典類の調査は、茨城大を拠点に活動する茨城史料ネットが担当しました。特別展示では「大般若経(智感版)」をはじめ、文殊院から発見された経典類を初公開し、分かりやすく解説します。展示を前に、高橋修人文社会科学部教授に話を聞きました。

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―大般若経(智感版)とは何ですか。
高橋
「室町幕府初代将軍の足利尊氏が、関東に仏教の文化を根付かせようと、智感という僧の協力により彫らせた木版刷りのお経です。木版を作るにも、お金を集めたり、職人を集めたりと大変で、そのために勧進聖の智感を呼んで来て、その事業を託したんです」

―文殊院から発見された大般若経(智感版)にはどのような特徴がありますか。
高橋
「全600巻の中の1巻、291巻の一番奥の1枚分だけが見つかり、そこにたまたま巻数や木版を作った人の名前、寄進した人の銘文が残っていました。江戸時代に色川三中(みなか)という歴史学者が、この大般若経を文殊院で見て銘文を調べて記録を残しているのですが、その記録と一致することが分かりました。
 奥書には、常陸太田市里野宮の薩都(さと)神社に、小野崎氏が奉納したとあります。小野崎氏は佐竹氏の家来で常陸太田あたりを治めていた豪族です。昔は神仏習合で、薩都神社にも神宮寺がありました。しかし、徳川光圀があの辺りのお寺をどんどんつぶして、什物を取り上げていった。薩都神社の神宮寺も光圀によって取り壊されました。この大般若経は、おそらく、その時に文殊院に移ったと推測できます」

―色川三中が見た時も、今と同じような状態だったのでしょうか。
高橋
「三中が見た時には300巻くらい残っていて、それが箱に入っていたようです。記録に『板行にて』とありますが、これは木版刷りということ。これだけではどういうお経か分かりませんが、今回そのお経が一部分だけでも出てきてくれたことによって、三中が見たのが全部智感版だったということが分かりました。当時は智感版がどういうものかなんて分からないし、三中の記録にはなかったんです。今回、最後のページが出てきたのはラッキーでした。600巻分の1で、1巻にだいたい20枚くらいの紙を継いでいます。それも、奥書は全部の巻にあるわけじゃないんですよ。文殊院に300巻あったうちの6巻だけ。奇跡的なんです」

―智感版はたくさん出回ったのですか。
高橋
「まだ分かりません。ただ、智感版には、一気に全巻を刷る一括摺写と、一巻ずつ刷る一巻摺写がありますが、一括摺写でお経が現存する事例は全国で3例くらいしか確認できていません。そして、どの事例もお寺が所蔵していますが、そのお寺に納められた経緯までは分からないんです。ただ、今回は小野崎氏が奉納したという箱書きや奥書がある。智感版は鎌倉公方をトップとする鎌倉府が管理したはずなので、当然鎌倉にあったはずですが、なんらかのツテで小野崎氏が入手できた。それを地元に持ち帰って、自分の領地の中にある薩都神社に奉納した、という経緯が推測できます。詳細がわかる唯一の事例といえるでしょう。非常に重要な文化遺産だと思います」


DSC_6176.JPGのサムネイル画像文殊院所蔵の大般若経(智感版)


―大般若経(智感版)の発見の歴史学的価値をどう考えますか。
高橋
「一つには、智感版にかかわる様々な立場の人たちの動きが見える、非常にありがたい史料であるということ。
 もう一つは、小野崎氏の存在です。小野崎氏には、従っていた佐竹氏がいますが、このお経は佐竹氏を飛び越えて、小野崎氏が鎌倉府から直接入手したことになります。そこが一番の研究課題になります。小野崎氏はのちに宿老といって、佐竹氏の中の重要なポジションにつくような領主です。通常であれば、佐竹氏を通して鎌倉公方と結び付くと考えられますが、そうではないわけですから。なぜそれが可能になったのか。小野崎氏と鎌倉府が直結している可能性があるというのを、どう評価していくのか。新しい歴史像が生まれそうですよね」

―一つの経典の発見で、色々な考察ができますね。
高橋
「単にお経が作られて奉納されただけでなくて、木版がつくられて、薩都神社に奉納されてという歴史があって、その後お経が移されていた薩都神社の神宮寺がつぶされた歴史があって、文殊院で受け継がれて、その間に色川三中が記録を作るというような、歴史を重層的にたどらなければいけません。そういう典型的な文化遺産ですよね。ものに付随した歴史を、たまねぎの皮をむくように、丁寧に一つ一つはがしていかないと核心には到達できないという。三中には感謝しなければなりません」

―これほど貴重な経典を所蔵していた文殊院とはどのようなお寺なのですか。
高橋
「それが、全くの謎です。修験の寺で、古い記録にも一切出てきません。
 智感版のほかにも、なぜこのお寺にあるのか、不思議なものがあります。特別展示される『秘鈔』です。これは、後白河上皇の息子の守覚法親王が書いた真言宗の秘伝です。守覚法親王は真言宗の中心である仁和寺の最もえらい僧です。加持祈祷のやり方や、寺の中の作法はどうしても秘事口伝になり、法流ができていきます。仁和寺の他に、醍醐寺でも学んで、その法流まで受け継いでいます。『秘鈔』は、その醍醐寺の作法をまとめた仏典です。全国から学問僧が集まった紀州根来寺(和歌山県岩出市)に伝わった写本を、戦国時代に写したものです。各巻の奥書の最後にどれも道誉とあるので、この僧が写しを作って常陸国にもたらしたと考えられますが、本来、村の小さなお堂に納められるようなものではありません。どこか違うお寺を通じてもたらされたものなのでしょうか......。文殊院とは何か、これが最大の謎かもしれません」

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―調査にあたった茨城史料ネットについて教えてください。
高橋
「東日本大震災があった2011年の、7月に立ち上げました。震災で県内では多くの旧家が被害を受けています。が、古い家屋にはまだ誰にも知られていない歴史資料が残されているかもしれません。大きなお寺や神社、博物館等にあるものは、公開もされるし、文化財として自治体が指定している場合も多いわけですが、民家に伝わる資料はその存在さえ知られていない場合があります。被災した家屋とともに捨てられてしまう危険がある。そういうものを何とか救出したかったのです。被災して資料の扱いに困ってる人がいれば、大学に移してきて、教員と学生が、月1回ボランティア活動で保全のための手段を施す。クリーニングして、目録をとり、データ化していくのです。
 われわれは歴史的な価値があるからレスキューするっていうのは一方であるけれども、一方では地域の人たちが大事にする資料、例えば村や町内会の取り決め事が、どういうプロセスでなされたのか、それも重要な公文書ですからね。家族にとっては家族の写真だってすごく貴重な家族の歴史資料だし。そういう風に、できるだけ分け隔てなく、その土地の人びとの歩みを振り返るための材料を残していくために取り組み続けています」

―今回は、2019年に依頼があったそうですね。
高橋
「地元の人たちが郷土史家に頼まれて文殊院を探したら、本尊を安置する須弥壇の下からたくさんの教典?仏典が出てきたんです。それを調べてほしいと。
 今回、江戸時代の写本の大般若経も見つかりました。それだけだろうと思っていたら、土やほこりにまみれた残欠の中に智感版の断簡が入っていた。一紙だけで、のりもはずれて、丸められて。
 文殊院関連のものは災害ではないけれども、どのように処理すけばよいかわからない、どのような価値があるかわからないというので持ち込まれました。こうした資料も、場合によっては引き受けています」

―学生たちが作業に参加する意義はどのように考えますか。
高橋
「中世のものだからというわけではなく、どの時代のものでも、どういう種類のものでも、学生たちにとって資料に直接触れる機会というのはとても貴重な体験になります。もちろん資料は時代を越えてつながってますから、時代にこだわることはあまり意味がありません。たまたま智感版が見つかった時にいた、中世史を学ぶ学生はすごくラッキーだけどね」

―文殊院で重要な文化財が見つかったことで地域へも波及効果がありそうです。
高橋
「地元の人はすごく喜んでくれています。天神林の人も、里野宮の人も。茨城でも地域によっては、集落がそのまま存続できるのかどうか、切羽詰まった状況です。文化財ですべてが解決するわけではないけれど、歴史学はその地区で頑張ることの理由付けみたいなものを地元の方たちに伝えられます。そういう活動が、われわれ歴史学を学ぶ者ができる社会貢献です」

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【特別展示】経典が語る 常陸奥郡の中世
―常陸太田市天神林町文殊院蔵「大般若経」の発見―

  • 〈茨城大学懂球帝,懂球帝直播図書館展示室〉2024年7月5日(金)~7月8日(日)
  • 〈常陸太田市郷土資料館梅津会館〉2024年7月20日(土)~8月18日(日)
  • 参加料:無料
  • 主催:茨城大学人文社会科学部歴史?考古学メジャー/茨城県文化財?歴史資料救済?保全ネットワーク(茨城史料ネット)/常陸太田市教育委員会/常陸太田市天神林町会
  • 後援:茨城地方史研究会/茨城大学中世史研究会
  • 対象:どなたでも
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