人間とはなにか?
分野を越えて意見共有
人間とはなにか―。この普遍的なテーマについて研究分野の垣根を越えて考えるフォーラム「人間とはなにか?-研究者たちが描く人間像-」が10月23日(水)、茨城大学懂球帝,懂球帝直播図書館Digital Serve STUDIOとオンラインにて開催されました。自然科学、社会科学、人文学の境を越えた異なる分野の研究者が集まり、それぞれが人間をどのように理解しているのかを共有することで、「人間」の複眼的理解への土壌を醸成することが狙いです。
このフォーラムは、茨城大学が共同実施機関をつとめる、文部科学省の「世界で活躍できる研究者戦略育成事業 大学×国研×企業連携によるトップランナー育成プログラム(TRiSTAR)」での交流をきっかけに生まれた「人間とはなにかを分野横断的に考える若手の会」が主催しました。同会メンバーである茨城大学人文社会科学野講師の井上淳生氏らが企画しました。
井上講師は冒頭、開催趣旨を説明した上で、「自分たちが想像もつかないような話を聞けるとうれしい。(互いの主張が)よく分からなくても、今後につながるエネルギーを得られるような会になれば」と挨拶しました。
第1部話題提供
フォーラムは第1部話題提供、第2部自由討論の2部構成で実施しました。話題提供者は、物事の理解のあり方の一つに「定義」があるという前提で、「人間とは〇〇である」と定義し、その根拠やプロセスを自由にプレゼンしました。
井上 淳生 氏
茨城大学人文社会科学野講師(文化人類学?舞踊学)
人間とは「 遠くから見れば輪郭が明確で静止しているように見えるが、実際には微細に動き続けていて、輪郭を広げたり縮めたりにじませたりを瞬間ごとに繰り返している雲のような存在 」である。
井上氏の考えは、社交ダンスの体験などが基になっています。二人一組で踊る社交ダンスでは、一人ではバランスがとれず立つことができないような体勢になることがあり、「パートナーと自分の身体から少しはみ出したところに、自分の身体の中心が新たに設定されているような感覚」を味わったと言います。
また、文化人類学のフィールドワークを通し、「集団や個人を固定してとらえることはできない」と感じました。「気分や身体状況など、その時々で個人は同一ではない。時間、状況によって集団や個人の輪郭は変化しており、仮に特定?設定できたとしても、それは暫定的なものだ」と語りました。
秋山 肇 氏
筑波大学人文社会系助教(平和研究?憲法?国際法?国際機構論)
人間とは「 わからない 」。
秋山氏は、「なぜわからないのか、この疑問を共有したい」と展開しました。例えば秋山氏が専門とする憲法では、人間とは「権利の主体、人権を持つ資格があるもの」です。しかし、人間=人権とすると、歴史的に人権がないかのように社会で扱われてきた奴隷や特定の人種の人たち、女性といった存在は「人間」ではなかったのでしょうか。秋山氏は「私たちが考える"人間"の幅が広がってきている」とし、時代や環境によって捉え方が変わることを示しました。
さらに、これまで、人間の属性について語る際は、主に動物と比較していたのが、AIの登場によって、AIと比較する必要も出てきたとし、「その時代に何を非人間と認識をするのかを考えながら、人間とはなにかという問いを投げ掛ける必要がある」と話しました。
熊谷 真彦 氏
農業?食品産業技術総合研究機構(農研機構)高度分析研究センター
ゲノム情報大規模解析ユニット主任研究員(ゲノム生物学、自然人類学)
人間とは「 可塑的であり、効率的に知識?情報を継承し、それをネットワークにより拡散させる生き物 」である。
熊谷氏は、新人や現生人類を「人間」とした場合、絶滅したはずのネアンデルタール人の遺伝子が現生人類のゲノムの中に残っていることから、「『人間』を構成している要素はネアンデルタールの遺伝子も含んでおり、その境目はあいまいだ」と定義の難しさを語りました。
ここから、人間のゲノム情報を用いて作り出された生命体の集団がいたとして、いずれ現代のような社会が形成できるのかを想像し、「(社会の形成に)大事なのはネットワーク」と指摘しました。「人間は個体の発生から脳死まで脳神経のネットワークを使い、得られた知識を人と人とのネットワークで効率的に蓄積し拡散する。こういうことができる生物種はあまりいない」とまとめました。
秋元 文 氏
お茶の水女子大学共創工学部准教授(生体材料工学、高分子材料)
人間とは「 制御系(中枢)と動作系(末梢)のフィードバックにより駆動する生命であり、精神性と身体性を自覚(意識)することができる存在。精神性と身体性が共存し表出することにより想像力を持ち、内因的要因に従って物事を創造することができる存在 」である。
秋元氏は古今東西の哲学者や脳科学者らの心身に対する考えを紹介しつつ「脳(中枢組織)だけでなく、末梢組織も含めた理解、それらの相互作用の理解が重要」と主張しました。生体内の細胞以外の物質「細胞外マトリックス(ECM)」が生体の細胞に大きな影響を及ぼしている事例を列挙し、「ECM、つまり物質が生体のメカニズム駆動に重要な役割を果たしている」と伝えました。自身は唯物論信者ではないとしながら、「唯物論でどこまで人間を理解できるのか突き詰めたい」と話しました。
松田 壮一郎 氏
筑波大学人間系助教(行動デザイン学、応用行動分析学、自閉スペクトラム症)
人間とは「 行動の器 」である。
松田氏は「知能とはなんでしょうか?」「心はどこにあると思いますか?」「愛する人がロボットだと分かったら愛し続けられますか?」「相手に心があるとなぜ分かりますか?」......などと、疑問を投げ掛けながら話を進めました。
「心はどこにあると思うか聞くと、脳という人が多い」一方、水槽の中に脳を入れ電気信号を送受信させることでこの現実を体験できると思うか問うと「できないと言う人が多い」と矛盾を指摘。その上で、「脳が心を作るというのは神話だと思う。中枢神経系と末梢神経系の相互作用で行動が作られる」と意見を述べました。最後に、映画「Before Sunrise」の「もし神が存在するなら、人の心の中じゃない。人と人の間の、ほんのわずかな空間にいる」というセリフを引用し、「人と人との相互作用の中に『人間』というものを我々が見出しているに過ぎない」と締めました。
第2部自由討論
自由討論では、秋山氏がファシリテーターを務めました。話題提供者らに、「そもそも人間とはなにかを問うことはできるのか」「今の人間はネットワークを拡散させているのか」などと問い掛け、議論を促しました。
会場やオンラインでの参加者からも、「人間について考えるのはつらくないのか」「逆に人間と呼びえないものはなにか」「全体的に人間について好意的に考察している印象。人類の歴史上、人間性を否定して発展してきた面もあるが、悪意的にとらえるとどうなるか」といった質問があり、活発なやりとりが繰り広げられました。
閉会に際して、TRiSTARプログラム?マネージャーで筑波大学特命教授の梅村雅之氏が登壇しました。梅村氏はこの日の予習として、ChatGPTに「人間とはなにか」を問い掛けました。「生物学や社会学的な色々な回答がありましたが、どれも教科書的だった」そうです。これを踏まえ、「きょう聞いた話は、GPTには語れないことばかりで、これが人間か、と思った」と振り返りました。自身の専門である宇宙物理学にも触れ、「物理学はビッグバンから宇宙はこう進化した、星はこう一生を終えるんだ、というのを人間の頭の中で理解できるところまできているのに、人間を語れますか?というと......究極の問いに行き着く」「長い間研究してきたが、物理学と心はどうつながっているのか、これが最後の問いなんだなと痛感した」と話しました。
(取材?構成:茨城大学広報?アウトリーチ支援室)