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スタンフォード大と共同開発した高解像度数値モデルを用いて霞ヶ浦の水循環過程を解明
風の流れが湖水の水交換時間へ影響
霞ケ浦の水質や世界の水環境問題の解決への手がかり

 茨城大学地球?地域環境共創機構の増永英治講師らのグループは、スタンフォード大学と共同で開発した高解像度数値モデルを使ったシミュレーションにより、霞ヶ浦の詳細な水循環像を初めて明らかにしました。
 水循環過程や水の滞留時間を明らかにすることは水資源をマネジメントする上で必要不可欠です。特に茨城県の霞ヶ浦は、水質問題が顕在化しており水循環過程の把握は水質問題を解決する上で急務といえます。しかし、これまではもともとある水と河川から流入した水の複雑な混合具合を考慮した水交換過程の解明が充分にできていませんでした。
 本研究では、スタンフォード大学と共同で開発した霞ヶ浦(西浦、北浦及び常陸利根川)の水循環モデルを用いて湖全域の流れを再現し、解析することで水循環、湖水の交換時間を推定しました。また茨城県と共同で取得した観測データをもとに再現検証を行うことで、シミュレーションの精度を担保しました。
 解析の結果から、湖の循環は湖面積の大きさに大きく左右されることがわかりました。細長い地形を有する北浦では上流から押し出されるように単純な湖水の交換が発生する一方、湖の幅が広く湖面積が広い西浦では、湖水は風による流れによって複雑に混ざり合い上流から下流までといった単純な循環像では説明できません。西浦のこの複雑に混ざり合う水循環は、西浦の中央部での湖水の滞留時間を長めていることがわかりました。北浦における滞留時間が100150日程度であるのに対し、西浦の湖中央部での水の滞留時間は200日を超えると見積もられます。
 霞ヶ浦を対象にこのような水循環過程をモデル化した前例はなく、水環境諸問題を解決する上で重要な成果といえます。特に霞ヶ浦は、西浦と北浦という形が大きく異なる湖を有しており、湖の形に影響を受ける水循環過程を研究する領域としては最適な地域といえます。湖の水循環像を明らかにした研究は国際的に見ても少なく、"霞ヶ浦モデル"が世界中の湖で顕在化する水環境問題解決に今後貢献していくことが展望されます。
 この成果は、American Geophysical Union発行のWater Resource Researchに、2025217日付で掲載されました。

>>くわしくはプレスリリース(PDF)をご覧ください

背景

 海洋や湖における水循環像を解明することは地球環境や生態系構造を理解する上で非常に重要です。しかしながら、水の循環は複雑な「乱流混合」という現象と強く関わっており、単純化して理解することは困難です。特に水中での混合の直接計測が難しいことが、海洋や湖における水循環像解明の障壁となっています。本成果は湖を対象にしたものですが、広大な海洋という空間においても混合状態を調査し明らかにすることは学術的に大きな課題の一つです。混合を伴う循環現象の解明は、昨今影響が懸念されている気候変動問題とも密接に結びついているため、社会的な研究意義も大きいといえます。

 本研究が対象とした課題は、閉鎖的な湖(霞ヶ浦)における水循環像と水の交換時間(滞留時間)についてです。これまで、湖における水循環や水の交換に要する時間は、「なんとなく」湖の容積を流入河川水量で割った値と考えられています。これは、ある水域へ入ってきた水が元あった水を押し出すように中身が交換される、いわゆるトコロテンのような状態が想定されたものです(図-1左図のような状態)。この状態はもちろん数学的には正しいですが、現実の湖沼環境がこのように単純なものではありません。実際には湖の水と流入してきた水が混じり合い、その後流出し湖水の交換が起きます(-1右図のような状態)。実際の水環境下では、水が全く混ざり合わないトコロテン状態でも完全に混ざったカフェラテ状態でもなく、その中間の上下層で色が分かれたオシャレなカクテルのような状態を呈しているはずです。これは、南から北の地域への移動に伴う気温低下に見られるグラデーションのような状態と同じものです。水の交換に要する時間は、水の混ざりが強くなるほど長くなると容易に想像できます。一見当たり前に見えるこうした課題は、乱流混合という複雑な現象が障壁となることで、学術的な理解が実は進んでいません。
 そこで本研究では、なんとなく」の理解に過ぎなかったこの水循環像をきちんと理解することを目的として、茨城県の霞ヶ浦という水域をフィールド対象とし、混合、水循環過程や水の交換?滞留時間についての調査を行い、具体的には、霞ヶ浦がどの程度混ざっていてそれがどのように水交換過程に影響しているかの解明を図りました。

0303_figure1.png -1 混合状態と領域内における水の循環

研究手法?成果

 霞ヶ浦の水循環像を再現するために、Stanford大学Oliver B. Fringer教授らのグループと共に開発した高解像度数値モデルSUNTANSを用いました。このモデルは、細かな三角形格子で計算領域を構築することで、複雑な湖岸地形に囲まれた水域を再現することができます(-2)。SUNTANSは沿岸海域(内湾)や湖沼での利用例が多く、複雑な地形領域内の水循環を高精度に再現できることが知られています。このモデルに仮想的な河川から水を流し、気象条件を外力として解析を行うことで実際の水循環を再現しました。モデルを用いたシミュレーションによって得られた霞ヶ浦の水循環の再現性を検証するために茨城県と共同で流況モニタリングを実施し、シミュレーション結果と比較することで精度検証を行いました。検証の結果、開発したモデルは霞ヶ浦における風成循環や水門の開閉による水の流れを精度良く再現しており、水循環や滞留時間について調査する上で十分な精度を担保していることが確認できました。

0303_figure2.png -2 霞ヶ浦の地図と湖沼地形。右下図は、計算領域のメッシュ構造の例を示す。

 シミュレーション結果の解析から、気象条件である風が湖水の水を強く輸送し、複雑な混合を引き起こしていることがわかりました。-3に示すように湖水は単純に流れているわけではなく、乱れを伴いながら流れています。南北に細長い北浦は、上流(北部)から少しずつ、河川より流入した水に入れ替わっています。一方、面積が大きな西浦では、湖の中央部で古い水が長時間滞留していることがわかります。これは湖内の擾乱が、「上流から下流へ」という単純な流れを、乱れ(乱流)を伴う流れへと変化させることで発生しています。流体内の乱れは、その他の条件が同じであれば、流体の大きさが大きいほど強くなることが知られています(学術的には、古典的なレイノルズ数問題として扱われる)。これは、今回明らかとなった西浦と北浦における流れ構造の違いとも一致します。湖の幅は、北浦と西浦で約3倍の違いがあり、物質が拡散(混合)する強さ(渦拡散係数)を計算した結果、この大きさの違い同様に北浦に比べ西浦の方が約3倍水が混ざりやすいことがわかりました。したがって水平的な水の希釈は面積の大きな西浦の方が大きくなります。この強い希釈により西浦では、湖中央部での水の滞留時間は200日を大きく超える見積もりとなることがわかりました。一方、北浦における滞留時間は100?150日程度です(上流ほど短く、下流ほど長い)。これまで霞ヶ浦(西浦)の水の滞留時間は200日程度であると「なんとなく」知られていましたが、実際には水域による違いが大きく、滞留時間が200日より遥かに短くなったり長くなったりする領域が存在することがわかりました。さらに、シミュレーションの結果から常陸川水門開閉に伴う特異な流れの様子も明らかにすることができました(水門開口時には単純に上流から下流に流れるが、水門を閉じた直後に北浦へ水が逆流するような流れ構造が明らかになりました)。

0303_figure3.png -3 数値シミュレーションから明らかとなった水循環像。暖色?黒色が古い水を示し、白?青い水が新しく河川から流入していきた水を示す。

 湖全体に占めるもともと存在していた水の量の時間変化は、湖の水と河川から流入した水が全く混ざらないトコロテン状態と完全に混ざるラテ状態という単純な状態であれば、数学的に簡単に求められます。現実にあり得るのは、その2つの間の状態であり、そこで滞留する水の量は、-4の灰色の部分で示されます。トコロテン状態で水が完全に入れ替わる時間が経過しても、完全に混ざったラテ状態ではもともとあった水の約37%1/eeは自然対数の底,ネイピア数=2.7182...)が湖に存在しています。今回の数値シミュレーションからわかった霞ヶ浦の水の混ざり具合は、完全に混ざった状態に近く、それを-4に赤線(西浦)及び赤破線(北浦)で示します。完全に混ざったラテ状態の混合状態を100%とすると、西浦と北浦の混合率はそれぞれ、89%72%でした。西浦は水の混ざりが完全混合に非常に近いことがわかります。

 これらの結果から、霞ヶ浦、特に西浦では風による吹送流によって湖水が乱れ、上流から下流へ流れるというような単純な水交換過程とは乖離した水循環像となっていることがわかりました。

0303_figure4.png -4 湖水交換時間のダイアグラム

今後の展望

 湖の形や大きさによって、水循環を支配する流れ構造が変化することを定量的に示すことができた本成果は、水資源の管理において有益な情報となり得ます。また自然科学的な学術成果としても、霞ヶ浦のような数kmから10km程度の大きさの湖で発生する流れ構造に関する知見は国際的にも乏しかったため、重要な成果と言えます。

 しかしながら、今回は水の物理的な循環構造を示すことができたものの、生物?化学的な循環サイクルは考慮されていません。将来的には、生物?化学的な循環を考慮した物理と生態系をカップリングさせた研究の発展が望まれます。

論文情報

  • タイトル:The Influence of Horizontal Dispersion on Residence Times in Shallow Lakes
  • 著者:Eiji Masunaga(茨城大学), Oliver B. Fringer (Stanford University), Tatsumi Kitamura (茨城県霞ケ浦環境科学センター, and Takao Ouchi (茨城県霞ケ浦環境科学センター)
  • 雑誌:Water Resource Research
  • 公開日:2024年2月17日
  • DOI:10.1029/2024WR037509