気候変動影響予測?適応評価の総合的研究S-18最終セミナーを開催
茨城大学が事務局を務める環境研究総合推進費S-18(気候変動影響予測?適応評価の総合的研究、プロジェクトリーダー:三村 信男 前学長)が主催する最終セミナー『S-18セミナー THE FINAL:気候変動研究の道のりと今後の展望-プロジェクトの報告と課題-』が2025年2月14日、ホテルテラスザガーデン水戸で開催されました。
S-18は2020年度から開始した5年間のプロジェクトで、2024年度が最終年度となります。S-18では、一般の方も交えて広く気候変動問題を考えることを目的にシリーズでS-18セミナーを開催してきましたが、今回はその集大成として三村プロジェクトリーダー(PL)と、テーマリーダーの5名の先生が登壇し、気候変動の適応研究のこれまでの歩みの紹介や本プロジェクトの成果報告を行いました。
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次報告書では「人間活動が主に温室効果ガスの排出を通して地球温暖化を引き起こしてきたことには疑う余地がなく、 1850~1900年を基準とした世界平均気温は2011~2020年に1.1℃の温暖化に達した」と明記され、世界各国で気候変動への対応は喫緊の課題となっています。
三村PLは現在に至るまで35年以上、日本の気候変動研究を牽引しており、IPCCにも第1次報告書(1990年公表)の作成から関わっています。本セミナーの前半では、気候変動研究の最前線を走り続けてきた三村PLの視点から、これまでの気候変動研究の歩みを振り返り、今後を展望する講演「気候変動研究の道のりと今後の展望」が行われました。
1988年のIPCC設立時からその動きを注視していた三村PL。当時の気持ちを「こんな大きな問題を取り扱っているんだと驚いた」と振り返りましたが、自分自身が直接関わることになるとは予想していなかったと言います。しかし、他の研究者の紹介で、海岸工学の専門家としてIPCC第1次報告書Coastal Zone Managementの取りまとめに関わることになりました。三村PLは「多くの人が関わる会議は、結論ありきであまり議論が深まらず歯がゆい思いをすることも多かったのですが、IPCCでは先進国?途上国問わず誰でもはっきりと意見を表明でき、自由闊達な議論が交わされていました」と、その風通しの良さに衝撃を受けたと言います。
その後、三村PLはツバルやフィジーなどの南太平洋地域における気候編変動の影響を定量化するなど、気候変動研究のグロバールな発展に貢献してきました。南太平洋地域での研究は、その後の研究の方向性を決める経験となったと、三村PLは振り返りました。「現地住民の方の『Living with global warming』という発言に衝撃を受けました。気候変動による影響が避けられない以上、変化する環境を受け止めてその中で生活するための策をみんなで考えようという非常に力強い言葉で、これが気候変動の適応というものかと蒙を啓かれる思いでした」。これを契機に、三村PLは南太平洋で現地の適応ニーズの調査をはじめました。その結果を日本に持ち帰り、日本でも適応の検討をスタートしたのが、S-18プロジェクトの源流となりました。
こうした流れを汲んで立ち上げられたS-18ですが、その大きな目的の一つは、2018年に施行された気候変動適応法で明記された5年ごとの適応計画見直しへの貢献です。それぞれの取り組みに対する科学的な裏付けは不可欠であり、気候変動による影響予測?適応評価は、地方公共団体による地域気候変動適応計画の策定にも欠かせないものです。S-18は地方自治体の適応策実施に役立つように、国土数値情報3 次メッシュ(1km×1km)の空間解 像度で、統一的な全国規模の影響予測?適応評価をおこないました。
本講演の後半では、S-18プロジェクト全体としての5年間の成果概要を三村PLが簡単に紹介しました。これまで影響予測の少なかった多種類の農作物や国民生活?都市生活など、他に類を見ないほど幅広い分野を対象としていることが、S-18の大きな特徴です。その中でも、特に国民生活への影響が大きい分野については、適応策と緩和策の効果について評価を行い、気候変動にレジリエントな社会づくりに貢献する成果が得られ、その一部が紹介されました。
約15分の休憩をはさんだ後、第二部「プロジェクト報告」では、テーマリーダ(TL)による研究ハイライト紹介とパネル討論が行われました。研究ハイライト紹介ではTLを務めた長谷川利拡エグゼクティブリサーチャー(農研機構)、横木裕宗教授(茨城大学)、栗栖聖教授(東京大学)、日引聡教授(東北大学)が、それぞれ各テーマの研究成果のダイジェストを紹介しました。
長谷川TLは、農林水産業分野としては、2023、24年は平均気温が観測史上最高を記録したことを受け、多種の農作物(コメ、野菜、果樹)にすでに大きな影響が及んでいることを報告しました。さらに、このまま温暖化?気候変動が進めば、畜産の乳牛、養豚、鶏卵すべての分野で生産量や飼育動物に影響が出ることが予測されています。一方、コメでは、高温耐性品種を選べば、2~3℃の上昇までは品質への影響を抑えられることが示され、具体的な適応策としての有望であると期待されます。
自然災害?沿岸域における気候変動の影響予測と適応策についての研究テーマを担当した横木TLは、高潮による影響人口が最大になるのは21世紀末ではなく2050年頃になるという予測など、適応策の実装が喫緊の課題であることを示す研究結果を紹介しました。気候変動と合わせて人口減少?高齢化が並行して進むことによる、自然災害?沿岸域への影響を把握したという点が本テーマの大きな成果であり、適応策を考える上で重要な視点を提供します。
栗栖TL率いるテーマ4では、国民生活?都市生活への気候変動の影響評価を通じて、国民のQoLへの影響を把握するという画期的な取り組みを行いました。2020 年時点で全国の建設物ストックの約4割 は洪水浸水区域内に存在し、全国のバス営業所の約4割 が洪水や土砂災害の災害リスクにさらされていることなど、国民生活を支えるインフラ?施設の脆弱性を明らかになり、緩和策と適応策の両方を進めることの重要性を強調する成果が得られました。
日引TLは、気候変動に対する農業?製造業における被害や適応策に関する経済評価手法の開発についての成果をオンライン発表しました。農業分野では、高齢化やソーシャルキャピタル(農家同士の助け合い)は、気候変動に対する適応策を実施する能力(適応能力)に影響を及ぼし、地域の助け合いは高温障害の影響を小さくすることが示唆されました。製造業では、災害経験の有無が適応行動に大きな影響を及ぼすこと、サプライチェーンを通じて直接被災していない地域が受ける影響は、マイナスの影響を受ける県とプラスの影響を受ける県に分かれることなどが示されました。
第二部の後半のパネル討論では、三村PLとTL4名が登壇し、本プロジェクトが社会に与えるインパクトや国内外への貢献、今後の展開などについて議論が進められました。急速に温暖化?気候変動が進んでいる現状を踏まえると、今後、本プロジェクトの成果をベースにより詳細なモニタリング体制を整備することの必要性について指摘があり、さらに、モニタリングだけでなく、人口減少など社会の変化も合わせてより現実的な適応策を立案?実施し、定量的に評価することの重要性について意見交換が行われました。
また、S-18の成果を社会実装するという観点からは、現状は適応策は個々の自治体単位で行なわれていますが、同じ地域の自治体が広域的に取り組むことが重要であり、企業の適応策も含めて、産学官が連携して重層的な対策を行う必要があることが確認されました。
最後に、得られた成果を、得られた成果を今後どのように活用しいくかについて議論されました。気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT)での発信を基盤としつつも、それだけでは不十分というのが、パネリストの共通した意見でした。地方自治体の気候変動適応計画立案者など、実際に情報を必要とする人たちにわかりやすく伝えていくための施策は、研究成果を社会実装していくためにも、気候変動適応研究をより深化させるためにも、本プロジェクト終了後も継続する必要があることを確認し、セミナーを閉会しました。
(取材?構成:(株)エウサピア 椿 玲未)